7th
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「世界意識」というんなら、TwitterよりTumblrの方じゃないかなぁ。
だってTwitterのタイムラインは、明瞭に「書く」という閾(しきい)を超えたものの集まりじゃん。
しかも自分を振り返ってみてもわかるけど、自分が言いたいことがあるとき、他人の話へのアンテナ感度はどうしたって下がる。それらの集まりを「意識」と呼ぶってのか?それに比べてTumblrのストリームは、
- わかっていない、了解感未満なのにReBlogしてしまった
- 理由はわからないがこれだと思った
- 「ReBlogしよう」と思う0.5秒前にすでに手が動いていた
なんてものまで混じった流れなんだぞ。これこそ「世界意識」だろ。
ところで「世界意識」ってなんだっけ。
ta2o:
恵比寿ガーデンプレイスのイルミネーション:iPhoneから送信
あるシンポジウムで、児童相談施設の職員の人のお話を聞いたのだが、その中に素晴らしい例があったのだ。
ちなみにこの方は「セラピスト」ということだった。セラピストの日本語訳もいろいろあるようだが、この場合は心理療法士ということらしい。
で、その「上手なほめ言葉」は、「すごいね。どうやったらそんなふうにできるようになったの?」というものだった。
その方が言うには「よく頑張ったね」とか「上手だね」とか「素晴らしいね」というのは、表面的なほめ言葉であって、ほめられた子供には強く響かないらしい。
親が自分の子供をほめる場合にはそれでもよいそうだが、指導にあたっている人間が使うには稚拙なほめ言葉だそうだ。
授業実践の記録を掲載しているサイトも多いが、それを見ると「いいね、いいね」とか「おっ、それは素晴らしいね」とか「きれいだね」などを連発している授業例も多い。
たまに言われるのなら、言われた子供も嬉しいだろうが、(セラピストの方の言葉だと)あまり連発すると逆効果になることもあるそうだ。
昔の殿様ならば、自分の家来をほめるときに「あっぱれ、あっぱれ」ですますことができただろう。言われた家来のほうも、それで十分に満足だったろうと思う。
身分の区別がはっきりしている場合には、いわゆる「上の人間」からちょっとほめられただけでも効果があるのだが、教師と子供の人間関係は何十年も前のような「目上の教師・目下の子供」という関係ではなくなっている。
「教師は子供よりもずっと上の立場だから『すごいね!』というだけで十分にほめたことになる」という考え方を持っている教師がいたとしたら改めたほうがよいだろう(^^;)
余談めいたハナシになるが、私が大学生の頃、アマチュアロックバンドをやっていて、プロのロックバンドのコンサートの前座をやることも多かった。
コンサートが終わった後、打ち上げでプロの方と飲んだりすることもあったが、そのときに「君たちのバンドもなかなかいいね」と言われると嬉しかったものの、それだけでは社交辞令のように感じた。たまに「プロになりたいのであれば、ウチの事務所に連絡してほしい。連絡先は‥‥」と名刺をもらったりすると、本当にほめられているように感じたものだ。
大人でも、単に「いいですね」と言われるよりも、具体的な何かがあったほうが嬉しいのだから、子供ならなおさら「自分の行為がちゃんと認められている」と自覚できるようなほめ言葉が有効であろう。
さて、例にあげた「すごいね。どうやったらそんなふうにできるようになったの?」だが、このほめ方が素晴らしいのは、ほめられた人間に自己の行為を振り返らせるところにある。
ほめるということの目的は、自分の行為を有用感を認識させ、次の活動への意欲を増大させることにある。
ただ単に「いいね、いいね」とか「上手だね」だけでは、精神的な満足感を与えることはできるかもしれないが、ほめられた人間が自分の行為を振り返り、そのやり方を他の活動にも生かすようにするには、その人間の個人的な内部の精神活動に期待するしかない。受け取る側がちょっとひねくれた受け取り方をしてしまえば「また、そんなおべっかを言って‥‥」という感じ方をすることにもなりかねない。
ところが「どうやったらそんなふうにできるようになったの?」と言われたら、それに答えて「こうやったらできるようになったんだよ」と言うかどうかは別にして(謙遜して『そんなことは‥‥』と言う場合もあるだろうから)、自分の心の中では、「そうか、あれをこうしたからできるようになったんだな‥‥」と振り返ってみるに違いない。
これは完全にほめることの目的に合致する。
他者(教師)からほめられたという満足感だけでなく、「自分はこういう努力をして、こういうことができるようになった。それが他の人にも価値ある行動だと認められた」という認識を持つことができるからである。
このほめ方は、いろんなバリエーションで活用できるだろう。
「今の発表のしかたはよかったね。どういう工夫をしたら、こんなにわかりやすい発表にまとめることができたの?」とか「こんなにたくさんの資料をまとめるには大変だったろうね。どういう方法で資料を集めたのかな?」等々である。
自分がそのために努力をしたのであれば、それが認められたという感じを持たせることができるし、それほど苦労をしないで何気なくやったことだったとしても「自分が何気なくやったあのことが良かったんだな」と自覚させることができる。
ほめられた子以外の子供にも「先生は○○さんを調子よくおだてているな」という感じを持たせないで、「そうか、そういうやり方でやるとうまくいくんだな」と考えさせることもできる。
単に子供の気分をよくするだけでなく、自己の行為を振り返らせ、その方法を自分の得意として自覚させ、自分の存在価値を認識させ、さらに他の子にも学習活動等のヒントを与えるということで、このほめ言葉は完璧だと思う。
ただ、このほめ言葉には問題もある。それは子供のやっていることをきちんと見ていないとほめることができないということだ。
子供がやっていることと違うことを、うわべだけ「すごいね。どうやったらそんなふうにできるようになったの?」とほめても、子供は「先生、何を言っているんだろう」としか受け取らないだろう。
「先生はきちんと自分のことを見ていてくれる」という意識を持たせることができるほめ方だけが、子供の心に響くのである。
そういう意味で、このほめ言葉は、たまにしか使えない(^^;)
伊勢神宮は2000年(これ嘘だよな、どうみつくろったって)の長きにわたって存在する類まれな存在だ。しかしUNESCOは世界遺産としては認めない。
なぜなら20年に一回建て直すからだ。いつもと同じ森から材料を取って。
ここで重要なのはしたがって社殿ではない。20年に一度建て直すことを2000年にわたって続けているというプロセスだ。
Wikipediaは、永遠に完成しない百科事典である。各ページは絶え間ざる推敲と編集を受ける。これはブリタニアのような「物」としての百科事典とは異なる。
伊勢神宮に対する愛というのは、社殿に対するものではなく伊勢神宮というプロセスに対してのものである。愛の対象は物理的な存在である必要はない。
Wikipediaを愛するということは、個々のページに書かれたアーティクルを愛することでもスナップショットを愛することでもない。それは伊勢神宮に対する愛と同様なものだ。
今や芸能界の七不思議の一つに数えられているのが人気俳優・阿部寛(43)の愛車だ。黄色のマツダ・ファミリアになんと14年間も乗り続けている。走行距離は10万キロを超え、査定価格もマイナスになる?そうだ。
「何度も知人やスタッフからは『スターは夢を売る商売。しかも阿部のイメージとは程遠い。いい加減、車を買い替えたら』と忠告されている」(関係 者)。撮影所やテレビ局の駐車場でも阿部のファミリアは有名だとか。「阿部は昨年『魍魎の厘』など5本の映画に出演し、今年も3本の映画に主演。CMも計 7本に出演している」(芸能プロ幹部)。年収は3億円を超えているといわれているのになぜ車は庶民派なのか?
「阿部が俳優としてようやく売れ出した頃に初めて購入した車。以来、乗り続けて売れっ子になった。奥さんと結婚前にドライブしていたのもあのファミ リアだから今後も手放すつもりはないそうです」(事情通)阿部は大のマツダファン。「業界に入ってなかったらマツダに入社しようと考えていたほど」(関係 者)。そのかいあって「今年7月以降、マツダのCMに出演することが内定した」(代理人関係者)とか。幸運をもたらす車のようだ
阿部寛の愛車は14年落ちマツダ・ファミリア - 有名人&芸能人の愛車データベース(via kml)
(via nnnsht) (via dannnao) (via suzukichiyo) (via soe69kaw) (via uessai-text)
アイデアだけでも世界を変えられる
インターネットによって可能になったビジネスモデルに、大規模に個人同士が取引するための「プラットフォーム」を提供するというものがある。eBayやYahoo!オークションのようなオークションサイト、Kivaやmaneoのような個人間ローンのサイト、単発の小さな仕事を仲介するoDeskやAmazon Mechanical Turkのようなアウトソーシングサービス、あるいは自家用車を複数人でシェアしたり、個人間で貸し借りするCaFoReようなサービス、そうしたものが数多く登場している。すべてに共通するのは、インターネットによるトランザクションコストの劇的な低下によって、はじめて可能となったビジネスモデルということだ。それまで互いに発見が不可能で売買が成立し得なかった個人間で、あらゆるモノ・サービスが取引されるようになりつつある。
この文脈で考えれば、AirBnBは必然的に登場してきたサービスと言えそうだが、私が知る限り、日本にはまだこうしたサービスはない。私はここに大きなビジネスチャンスがあると思うと同時に、日本が直面する問題も感じずにいられない。
前出の個人間ローンサイトのmaneoは、もともと都市銀行に勤めていたエリートビジネスマンと、法律の専門家が立ち上げたベンチャーだが、それでも前例のないビジネスであるために関連省庁との調整に2年半かかったという。日本でAirBnBのようなサービスを正攻法で立ち上げるには、下準備にいったい何年かかるのだろうか。過剰なコンプライアンス要求のために、従来の法規制や商習慣に外れたことをやろうという気概のある若者が出て来にくいということはないだろうか。
もう1つ、AirBnBの創業者2人と話していて感じたのは、PHPしか書けなくてもITで世界にインパクトを与えるサービスが作れるという事実だ。AirBnBの2人はアイデアを証明し、ベンチャーキャピタリストから投資を集め、今はRailsハッカーを雇い入れてWebサイトを開発・運営している。世界を変えるのはアイデアであり、新しいビジョンを持った人々だ。そうした人々が純粋な技術者である確率は、今後どんどん低くなっていくのだろう。
ともあれ、今後、海外出張や海外旅行を予定している読者の皆さん、AirBnBで「人間らしく旅して」みてはいかがだろうか?
友人の西村さんが書いたムチャクチャ素晴らしい記事だ。アットマーク・アイティは彼みたいな記者を抱えていることを誇りに思うべきだよ。
どこかの企業がなんちゃらっていう製品をつくったなんて速報はもうアキアキだからさ、こういう誰もが経験できない体験談とその個人固有の資質から出てくる考察が読みたいんだよね、僕らはさ。
(via kashino)
(via mootoh) (via ku) (via tezzsy) (via uessai-text)
Greasemonkey入れてるはずなので
http://svn.coderepos.org/share/lang/javascript/userscripts/tumblr_dashboard_jk_disable.user.js
を入れればOk。
原因はtumblr Dashboardに標準搭載のJ,Kキー移動コマンドとバッティングしているから。
インスタントラーメンをほぼ毎日食べているという美女・麻布台綾子さんは、『日本一インスタントラーメンを食べる女』(livedoor Blog)というブログを開設し、日々食べているインスタントラーメンの数々を紹介している。スープや具などの評価を細かく書いているので、コンピニやスーパーでインスタントラーメンを購入する際に参考になるブログとなっている。
そんな麻布台綾子さんが最近食べた美味しいインスタントラーメンのベスト3を教えてもらった。麻布台綾子さんの解説も含めて、ここに紹介したいと思う。ちなみに、麻布台綾子さんはラーメン以外にも焼きそばや “まぜそば” もレビューしているため、それらのインスタント商品も含めてベスト3を紹介する。